少しずつ・・・夜の長さが短くなって
凛として、張り詰めていた朝の空気が、柔らかさを増してゆく3月
講義もバイトもない休日・・・3月14日午前10時・・・
まだ残る眠気を払うように・・・熱いシャワーを浴びた
夜風呂に入ったあと、ろくに髪を乾かさずに寝てしまう俺の朝は
何しろ自分勝手に行動している髪を直すところから始まる
それならば、夜きちんと乾かせばいいだろう
と思ったこともあるけれど・・・結果大して変わらない
そして髪を直すこと以上に目を覚ますためにも、毎朝のシャワーは欠かせない
それでも結局・・・、水分がなくなった髪は寝癖のように変化を遂げる
いつもの休みなら、そろそろ「ピンポン」と待ち人を知られるチャイムが聞こえる
俺は慌てて身体を拭きながら・・・リビングのインタホンを確認して
小さな画面の中のに「・・・今開ける」って言う頃だ
水温調節のレバーを一気にひねると、容赦なく冷水が当たった
頭から水をかぶって、引き締まる気持ちと・・・身体
曇っていた鏡に水をかけると、ずぶ濡れの自分と目があった・・・
かき上げる髪から・・・・落ちる雫が、朝の光に照らされていた
クローゼットを開けて、着ていく服を選ぶ
まだ桜は咲かないけれど・・・ここ数日すっかり暖かくなっていた
厚いダウンは、もういらないだろう
俺は、奥のほうに仕舞い込まれていたジャケットを引っ張り出して羽織った
着ているものが軽くなるだけで、随分春らしい気がした
家を出て・・・バス停までの坂道を下ってゆく
道端の、名前も知らない花を・・・しゃがみこんで眺めたり
俺の日常は結構怪しい・・・
でも、今日は・・・久しぶりの「デート」だ
少し浮き足立つ、そんな気分で俺は歩いていた・・・
「何にもいらない、欲しいものはもう持ってるもん」
ホワイトデーは何が欲しい?
モカのカップを傾けながら、そう聞いた俺に、は「何もいらない」と答えた
「それじゃ、俺が困るだろ、おまえにチョコもらったから」
と付き合って3年・・・
バレンタインにもらったプレゼントは、オーソドックスにチョコレートだった
少し洋酒のきいた高級ブランドのチョコレート
二人して「うまい」「美味しい!」って言いながら一緒に食った
「ん〜、それじゃ、珪が選んでくれるなら、なんでもいい」
「なんでもいいって・・・」
「うん、なんでもいいの、一番はココにいるから」
少し照れながらはそう言って・・・俺の頬を両手で包んだ
翌日は二人とも休み・・・でもは泊まるとは言っていない
夕飯も食い終わって、そろそろ送っていかなければいけない、そんな時間になっていた
「の一番は・・・ココにいるのか?」
「うん、大切な大切な、私の一番だもん」
頬を包んでいた手のひらに・・・
俺は自らの手を重ね、そのまま愛らしい指にキスをする
薬指には・・・俺が贈った指輪が光っていた
「でも、俺が選ぶと・・・ろくなものにならない気がするんだよな」
「なんで〜?それって、珪の愛が足りないんじゃない?
きっとそうなんだ〜、珪はもう私のこと愛してないんだ〜」
言いながら、は俺の胸元をポカポカと叩いた
「やめろ」と言いながら、掴んだ手を引き寄せて、そのままソファーに倒れこむ
俺は腕の中にすっぽりと納まったの身体を抱きしめた・・・
「愛してるよ」
「うそぉ、もう愛してないんだも〜ん」
俺は文句を言っているの頭をぐっと引き
拗ねたように尖った唇に・・・強引にキスをした
「愛してるって・・・」
「騙されないんだも〜ん」
まだまだ、のご機嫌は直らない・・・
俺はもっと熱を込めて・・・の唇を奪ってゆく
「あっ・・・んっ・・・」
甘い色味を帯びた声が聞こえてきて・・・俺はの唇を割って舌を滑り込ませた
そして、俺の上に乗っているの背中をまさぐった
手のひらが・・・下半身に伸びると
「あんっ・・・珪・・だめぇ・・・」
俺の唇から逃れ、哀願するように、は俺の肩口に顔をうずめた
「本当の・・ダメなのか?」
「だって・・・我慢できなくなっちゃう」
我慢できないくらい・・・も俺を欲しくなるんだ・・・
それが解っていながら、手を止めるほど俺は野暮じゃない
下半身に伸ばした手は・・・そのままのスカートの中へ滑り込んでゆく
「んんっ・・・珪・・・あんっだめぇ・・」
俺はの身体を持ち上げて起こした
「ちゃんと送っていく・・・だから、上、行こう」
頷いたの瞳は熱を帯び・・・まっすぐに俺を見つめた
駅前までバスに乗り、目的地は森林公園・・・
待ち合わせは、午前11時
予定通り、約10分前に到着した俺は、公園の入り口でたたずむをみつけた
は俺の存在を確認すると、軽く手を上げようとしたけれど
何を思ったのか、慌てて、動かした手を引っ込めた
そしておもむろに両手を広げ、大きく背伸びをして天を仰いだ
春らしいピンクのブラウス、白いふんわりとしたスカートが風に揺られていた
あいつ・・・本気なんだ
大通りをはさんでの視線の先を俺も眺める・・・
春の空は・・・霞がかっていたけれど、柔らかな青だった
信号が変わって・・・俺はゆっくりとに近づいて・・・こう声をかけた
「・・・待たせたか?」
「ううん、私も今来たところなの、葉月君」
の目が、本当に嬉しそうに俺を見た
「もぉだめ、動けない・・・」
「おい・・送っていかなくて大丈夫なのか?」
「ん〜〜・・・もう本当に、だめぇ、お願い携帯とって・・・」
激しい行為にすっかり体力を奪われたは、机の上のカバンを指差した
俺は・・・ベッドから這い出るとのバッグから携帯電話を取り出した
送ってゆくといった約束は・・・結果として破られることになり
は切れ切れの呼吸をどうにか整えて自宅へ電話をすると、苦しい言い訳をする
通話が切れたのを確かめて・・・俺もベッドへ戻った
「・・・泊まってくのか?」
「もう一歩も動けない、泊まってくぅ」
「ん・・・」
俺はもう一度、の身体を抱きしめて・・・今度は優しくキスをした
「はぁ・・もぉ、珪の嘘つき」
「嘘は・・ついてない」
「じゃ、意地悪」
「仕方ないだろ、久しぶりだったし」
「久しぶりって・・」
は驚いたように目を丸くして「先週もでしょ」と俺の頬にキスをくれた
俺はの頭の後ろに腕を回し、その身体をぐっと引き寄せた
俺達の間には・・・隔てるものは何一つなく、ぴったりと肌を寄せ合う
「珪、だぁい好き」
「お・・珍しく、が素直になってる」
「何よぉ、じゃぁもう言わない」
「言えよ・・・嬉しいから」
「本当?」
「ん・・・」
は・・・身体を起こし俺の顔を覗き込んだ
「珪、好き」
「ん、俺も」
俺達は、また唇を合わせ、互いの身体を抱きしめあった
言わずとも伝わること、でも、声に出すからもっと伝わることもある
俺は・・・身体を預けてきたの髪を撫でながら・・・
夢の入り口が、すぐそこまで来ていることを感じていた
「ねぇ、珪」
「ん・・?」
「こんなに幸せなのに、私、時々思うの」
「・・・どうした?」
「大好きな人が一緒に居てくれて、私を愛してくれる」
「ん・・・」
「でも、時々ね、なんか足りないって思う」
「足りない・・・?」
俺は夢の世界へ旅立つ寸前で、一気に現実に引き戻された
「だから・・・俺はを愛してるよ」
「わかってるよ・・・」
「解ってるなら、何が足りないんだ?」
は、丸い目で俺をじっと見た・・・・
この時の瞳の中には、戸惑う俺の顔が映っていたのだろう・・・
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